近頃、私は生命とは何かを探求し続ける中で、宇宙や自然がどのように成り立
っているのかに興味をもって、自然法則や自然の営みの背後にある真実にとて
も心惹かれている。私たちの身近にある水や空気、大地(地球)、火(太陽)
の科学的、哲学的意味合いに思いを巡らし、思考することが多くなった。
今回は水について少し書いてみた。
水は空気と共に私達になくてはならない存在である。しかしあまりにも身近に
あるので、その存在をあたりまえに思って、その本当の意味とありがたさが解
らなくなっているのではないだろうか。
水が酸素と水素の化合物であることは小学生でも知っている知識である。では、
その酸素と水素とは一体なんだろうか。宇宙がビックバンで始まる以前は宇宙
には水素原子しかなかったと考えられている。水素は元素の中で最も軽く、最
も数が多い物で、極めて燃焼爆発しやすい性質がある。酸素は宇宙の中で水素、
ヘリウムに次いで3番目に多くの質量を占めている。酸素の起源は恒星核のヘ
リュウム原子の核融合によって生み出されたと考えられている。宇宙で質量の
一番多い水素と3番目に多い酸素原子が結合してできたものが水であり、その
ようなことから水は宇宙に普遍的に存在している物質だと推測できる。
地球上には水惑星と言われるほど大量の水が存在している。その量は地球の表
面の凸凹、高い山脈や深い海溝を全て平らにならして、そこに全ての水を注ぐ
と、深さ2500メートルの水球になる。それは14億立方メートルの水量に相当す
る。
地球には大量の水が存在しているが、その98%が海水で、残り2%の淡水のう
ち7割が極地や高山の氷河である。氷河を除き残った3割のうちほとんどが地下
水で、そのうち半分が地下800メートルより深い所にあり、人間がこれを利用
することはできない。我々が使うことのできる水は浅い所を流れる地下水や湖、
川の流れ、雨水であって、淡水として存在している1%ほどに過ぎない。地球
上にある全ての水の5000分の1しか利用できない計算になる。その水を生活用
水として使い、工業用水、農業用水として使っている。日本は淡水の豊かな国
である。日本の山地を流れる水は純粋に近く、清らかだ。何も手を加えずその
まま美味しく飲むことさえできる。しかしこのような恵まれた国は稀で、地球
上では水に恵まれない地域も多く存在し、水の獲得を巡って紛争も数え切れな
いほど起こっている。
NHKで放映中の大河ドラマの主人公・黒田官兵衛は家督を長政に譲ったあと如
水と号した。官兵衛は水の如く生きたいとの信念を持っていた。越後の銘酒に
上善如水というのがある。湯沢の白瀧酒造が作っている酒で、さっぱりと爽や
かな癖のない日本酒だ。では如水とは何であろうか。
王陽明の「水五訓」には、
一、 常に己の進路を求めて止まざるは水なり。
二、 自ら活動して他を動かしむるは水なり。
三、 障害に遭って、激しくその勢力を百倍にし得るは水なり。
四、 自ら潔うして他の汚濁を洗い、清濁合わせ容るるは水なり。
五、 洋々として大海を満たし、蒸発しては雲に変じて雨となり、凍っては玲
瓏たる氷雪とかす。しかも、その性失わざるは水なり。
「水五訓」の四にあるように、水はこの世で最も良質な溶剤でもある。水自体
はきわめて多くの物質を溶解することが出来るが溶解された物質によって変化
を受けることはない。岩石や金属も水に溶けるし、酸素や二酸化炭素などの気
体も水に溶ける。水の持つ優れた溶解力を使って動物や植物は体内のエネル
ギー供給や老廃物の代謝に利用している。自然界の中にある物質の中で水は水
銀に次いで表面張力が大きい。表面張力の大きい性質が毛細管現象をおこすの
で、もしこの毛細現象が無かったら地上の生物は存在しなかっただろう。
水は地球上で最もありふれた平凡な姿をしているが、実は宇宙で最も優れた独
自性を持っている。地上にある物質の中で一番低い温度で個体から液体になり、
一番低い温度で沸騰する。1気圧の下、水が個体になる温度を0℃、気体になる
温度を100℃に定め、その間の液体である温度を100等分にして、人類は生活に
役立てている。水は気温が低い時に収縮して比重が増えて重くなるが、0℃が
一番重いのではなく4℃の時が一番比重が高い。それを絶対温度と云う。
普通暖かい水が膨張して軽くなり上に行き、冷たい水が収縮して重くなり底の
方に来る。水が凍り始める時、底の方で4℃の暖かい水があり、上に0℃の冷た
い水が来る。だから水は上の方、表面から凍り始める。水は凍ったとき体積が
増し比重が軽くなるという大変珍しい性質をもった物質である。氷は水より軽
いので水に浮かぶ。さらに表面に凍った氷は水に対して断熱材の働きをする。
この性質がなかったら海や湖は底から凍りはじめて、やがて表面まで全て凍り
つき、生物は住めなかったに違いない。
水はあらゆる物質の中で最も温まりにくく、冷めにくい性質がある。海の大量
の水が地球の気候を一定に保つ働きをしている。地球の気候が一定に保てなけ
れば生物の生存に厳しい環境になる。
水は方円にしたがい変化する。丸い器に入れれば丸くなり、四角の器に入れれ
ば四角くなる。こだわりがなく、適応力が抜群に高い物質である。現代は日々
変化の激しい時代だが、水のように臨機応変の心を持ちたいものである。
水は流動性がたかく、高い所から低い方へ流れ、表面から奥深くへ浸透してい
く。流れる水はいかなる障害に出会っても少しも苦にせず、サラリとかわし流
れ続ける。山に降った雨や雪は仲間を集めて流れとなり、流れが集まり支流と
なり、支流が集まり大河となる。河の流れは一番低い海へと向かう。水は動き
やすく、柔軟で素直だか、他方で堅固な岩をも穿ち、時には大地を崩し、船を
沈め、建物を倒壊させる巨大な力も秘めている。水は常に慈悲深く人を助け励
ますが、時には人の過ちを厳しく正す不動明王のようである。
空に浮かぶ雲は水の姿の変形である。行雲流水の心は少しのこだわりもなく、
執着もなく、臨機応変、只々利他のためだけに存在している。
水は他の能力や個性を引出し活かすことができる優れたコーディネーターでも
ある。粘土をこねて、適切な固さに成形し陶器が作れるのも水の仲立ちのおか
げである。熱せられた鉄塊が水によって急速冷却されると、全く別の性質が現
れて鋭利な刃物と化す。砂と砂利とセメントが水の仲立ちによって強固に固ま
ってコンクリートになる。薩長同盟を実現させた坂本龍馬のように、水は対立
するものの間に立って仲介者になり、そこから新たなものを絶え間なく生み出
している。
水は常に形を変え、場所を変え、一つ所に根を生やさず、流転している。実は
私たちの魂も水と同じだ。カルマの汚れを抱えても魂そのものはカルマの影響
を受けず、純粋である。魂は水のように形を変え、存在の場所を変え、一か所
に根を生やすことなく、生成流転している。
徳川家康は豊臣秀吉によって、駿河、遠江、三河の本拠地から関東へ国替えさ
せた。黒田官兵衛は多大な功績があったにもかかわらず、秀吉や家康の嫉妬で
九州の小さな大名に押し込められた。大名の国替えは当事者にとって困難なこ
とであっただろう。しかし、多くの人々がその国替えによって移住している。
日本人の心の深くに国替えの心が刻まれているかもしれない。それは執着しな
い、自分がどこに住んでも構わない。今いる土地に根を生やさないという柔軟
さがあり、適応力もある。それが自水一如という事である。
川の流れ、海、雨、霧、泉、雪、氷、自然界にある水に意識を集中すれば、水
は私たちにもっと沢山のことを教えてくれるに違いない。
<著:坂本知忠>(協会メールマガジンからの転載です)