もうずいぶん長い間会っていませんが、その後どうしていますか? 先日、風
の便りに君の病いのことを知りました。すぐにでも駆けつけたい衝動に駆られ
ましたが、そういうわけにもいきません。だから、この手紙を書くことにしま
した。この便りも風にのって君のもとへ届くことを祈りながら。
私は今、プレクシャ・メディテーションという瞑想を勉強しています。けっし
ていかがわしい瞑想ではありません。インドで古くから実践されている瞑想法
に、最新の医学的な知見なども取り入れて再構成された、とても奥が深い瞑想
法です。そして、その勉強の過程で最近たまたま読んだ本に、癌と心の密接な
関係について書かれたものが幾つかありました。君は「精神免疫学」とか「精
神神経(内分泌)免疫学」あるいは「精神腫瘍免疫学」という新しい医学分野
をご存知ですか? 癌の発生や経過、ひいては治癒(治療だけでなく自然退縮
も)に、気持ちのもちようが非常に大きく影響するらしいのです(神庭重信
『こころと体の対話-精神免疫学の世界』文春新書)。
人は誰でも癌になる可能性があります。私たちの体では毎日数千個もの癌細胞
が生まれており、その一つひとつを体内の免疫システムが退治してくれている
から簡単には癌にならないのだそうです。つまり、その免疫システムが何らか
の理由で弱まり、それが長期にわたる時、私たちは誰でも癌を発症する危険性
があるということです。何らかの理由とは、高齢、免疫抑制剤の使用、放射線
被曝、エイズなど罹患による免疫不全のほか、人の性格まで関係してきます
(最上悠『「いい人」はなぜガンになりやすいのか』青春新書)。
癌になりやすい性格とはどのようなものか。複数の研究を簡略化してまとめる
と、次のようなタイプの人がこれに該当するようです。
・怒りを表に出さない(抑制)。怒りの感情を持っていることにすら気づいて
いない(抑圧)。
・他のネガティヴ感情(不安、恐怖、悲しみ)も持っている自覚がなく、あっ
ても表に出さない。
・仕事や家庭での人付き合いにおいて、我慢強く控え目で、協力的で、人に譲
ることも厭わない。権威に対しても従順である。
・他人の期待にこたえようと気を遣いすぎ、逆に自分の要求は十分に満たそう
としないで自己犠牲的である。
・自分にとって高い価値がある対象(大切な人や仕事など)が自分の幸福にと
ってきわめて重要な意味を持つと考えている。それを失うと絶望感や無力感
を強く感じ、深い精神的な傷となるほどに。
君のように、誰もが認める「いい人」が、そして社会的にも成功した人生を歩
んできた人が癌になる可能性が高いなんて、なんという皮肉な統計でしょう。
でもそこには共通の原因が隠されていました。要するに、ストレスです。癌の
直接的な因子が何であれ、ストレスが強く慢性的であるほど癌を発症しやすく
治療の予後も悪い一方、どんなに強いストレスでも処理するのが上手な自律性
の高い人(人格的自律型=自分の大切な人や対象に自律性を認め、また自分の
自律性も大切にしている人。対象に依存しないタイプ)は癌になりにくく予後
もいい(自然退縮の例も多い)ということです。私たちの誰もが避けることの
できないストレス。これをどう自分の中で処理できるかがとても重要なのだそ
うです(吾郷晋浩監修・川村則行編著『がんは「気持ち」で治るのか!?-精神
神経免疫学の挑戦 』三一書房)。
では、そうした性格に関連したストレス、生活態度と密接に結びついたストレ
ス、あるいは生命の危機という最大の対象喪失の恐怖がもたらすストレスを上
手く処理する方法は一体あるのでしょうか。
欧米では、通常の医学的治療と併行して患者の精神的負担を和らげるための様
々な心理療法が試みられているそうです。家族や医師が一丸となって患者の心
を支えたり、患者同士でグループワークを行ったり、リラクセーションのため
の方法を指導したり、病気・栄養・ストレスについての専門知識を提供したり。
そして、これらを通じて期待される重要な変化とは、自分を客観視できるよう
になることと、先にふれた他者・他物をすべてとしない心(自律性)の獲得だ
ということです。
友よ、どうか諦めないでください。命の息吹を取り戻すために出来ることはた
くさんあります(荒川香里『がん最先端治療の実力-三大療法の限界と免疫細
胞療法』幻冬舎)。自分で出来ることだってあります。たとえば、私のやって
いる瞑想もその一つです。まだ証明はできませんが、上のような最近の研究を
読みながら、癌に「良い」とされる要素がことごとく含まれていてドキドキし
ました。完全なリラクセーションの手法はもとより、対象に依存することから
生じる心の執着を無くす方法、幸福の源を外に求めるのではなく自分自身の内
に見いだす方法、独善的にならずに自分を客観視する方法がこの瞑想法にはあ
ります。願わくば、君のもとへ飛んで行って、その一つひとつを一緒に実行し
てみたい気持ちでいっぱいです。
自分が癌だとわかった時、その事実を受け入れ医師とともに自分でも積極的に
治療に取り組む人は、事実を直視せず心理的に受け入れようとしない人、冷静
に受けとめたけれど医者任せにしてしまう人、絶望感に陥ってしまう人に比べ
て、癌を克服し再発もしない割合が非常に高いそうです。友よ、どうか諦めず
に、この病いを一つの機会ととらえて、本当の意味での心身の健康回復へ歩み
出してください(沖正弘『なぜヨガで病気が治るのか』竹井出版)。そして、
いつかまた笑顔で再会する日を楽しみにしています。
(※「闘病する友」は架空の人物であり、この書簡は実在の人物に宛てたもの
ではありません。)
<著:中村正人>
(協会メールマガジンからの転載です)