日本プレクシャ・ディヤーナ協会では、インドのジャイナ教で古代から伝わる瞑想法を現代の科学的研究も重ねた結果
体系だてられた「プレクシャ・メディテーション」をご紹介しております。
日本プレクシャ・ディヤー協会ホームページ:http://jp.preksha.com/
日本プレクシャ・ディヤー協会Facebookページ:https://www.facebook.com/groups/465120036943301/
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2011年6月28日火曜日
第26回プレクシャ・メディテーション研究会のご案内
第26回プレクシャ・メディテーション研究会を下記のとおり開催いたしますので、
ご案内申し上げます。ふるってご出席下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。
日時: 2011年7月4日(月)19:00~21:00
場所: 「市川市南行徳
東京メトロ東西線「南行徳」駅下車、徒歩1分。南口を出て線路沿いに浦安方向へ。
突き当たりの建物。立体(タワー)駐車場有り(車庫入口は大通り側))
アクセスマップ http://www.city.ichikawa.chiba.jp/gyotoku/m_mapprak.html
テーマ:シャリーラ・プレクシャにおける身体観と科学的説明その3:
―瞑想の種類と効果の発生プロセス―
前回の研究会では、心の在り方が身体(とくに病気)にどのように影響するかを解明しようとする「精神(神経/内分泌)免疫学」の内容を医学の史的変遷とともに紹介しました。ストレスの元凶である情動ストレスが脳のどこで生じ、それがどのようなプロセスで神経系と内分泌系に影響し、病気を発症・治癒するのかについての科学的知見をある程度確認できたかと思います。
そこで次回は、そうした身体プロセスの理解を念頭に置きながら、かつ他の生理学的・理学療法的知見も織り交ぜながら、その過程で瞑想が如何なる意味で有用であるか、瞑想の種類と効果が発揮されるプロセスを整理してみたいと思います。
<参考文献>
イントロとして、熊野宏昭『ストレスに負けない生活―心・身体・脳のセルフケア』(ちくま新書2007年/¥680)を使用します。読みやすい新書版です。事前にお読みいただくと議論が理解しやすくなります。
※当日参加費として500円(日本プレクシャ・ディヤーナ協会非会員の方は1000円)(通信費・会場費・資料代等を含む)を頂戴いたします。
※準備の都合上、出席される方は前日までに、savita.nakamura@gmail.comまでご連絡ください。
【今後の開催予定】
8月1日(月)19時~21時 場所:同上
9月5日(月)19時~21時 場所:同上
10月3日(月)19時~21時 場所:同上
12月5日(月)19時~21時 場所:同上
※プレクシャ.メディテーション研究会は、原則として、毎月第1月曜日に開催しています。
※本研究会の開催予告(速報版)は月刊メールマガジン『[プレクシャ・メディテーション]-勝利者の瞑想法』(日本プレクシャ・ディヤーナ協会)にてご確認いただけます。講読(無料)をご希望の方は、こちら(http://archive.mag2.com/0001262370/index.html)からご登録ください。
※会員割引による研究会への参加をご希望の方は、協会ホームページ(http://jp.preksha.com/preksha/member.htm)からお手続きください。
2011年6月20日月曜日
シリーズ[いまこの瞬間の輝き]
「 いまこの瞬間のなかにすべてがある。
少なくとも、大切なものは全部でそろっている。
人生の意味も、美も生命も愛も永遠も、なんなら神さえも。
だから瞬間を生きよう、先のことを想わず、
今ここのかがやきのなかにいよう。 」
(古東哲明著『瞬間を生きる哲学-<今ここ>に佇む技法』筑摩書房)
つい今しがた届いた本。こんな書き出しではじまっている。なか身はまだみて
ないが、急に筆を執りたくなった。いろいろなことが脳裏に浮かぶ。こんな瞬
間のかがやき、いったいどんな時に感じるだろう?
真っ先に思い浮かぶのは旅をしている時だ。インドでも、イタリアでも、大好
きなところを訪れている時は、つらい過去を思い出すこともなければ、明日ま
でに片づけなければならない仕事について考えることもない。ただこの一歩一
歩、一瞬一瞬がこの上なく大切で、過ぎ去ってほしくなく、愛おしく、貴重で、
手離しがたい。そして、なんともいえず、せつない。せつないから、すべての
光景、におい、音、肌ざわりが心に刻まれてゆく。(その瞬間瞬間を思い出し
ている今という瞬間も、きっと、この先なんども思い出すだろう。)
日常において、こんなふうに瞬間の大切さを感じることは、ついぞ無かった。
ふつうは皆、そうだろう。まわりには家族がいて、仕事があり、子育てがあり
…、いろんな人が、いろんなことを言い、わたしはいつも対応に追われている。
24時間、365日。それが、わたしの生活だ。人生だ。
でも、そんな日常のなかに少しでも特別な時間が持てたならば、たとえその時
間が1時間だろうと、30分だろうと、一瞬であろうと、それが自分のための、
自分だけのための、充溢した時間であったならば、それはものすごく大切な、
愛おしい時間になる。芸術でも、音楽でも、スポーツでも、瞑想でも。
そんなふうに想いながら、ふと自分の日常をふり返った時、子育てのなかにも、
仕事のなかにも、家事のなかにも、雑事のなかにも、そういうキラキラした、
幸せな瞬間(とき)がありますね。五感を澄ましてみてください…ほら、今も、
ボブマーリーの〈No Woman No Cry〉が、本を片手に入った店内に流れてる!
<著:中村正人>
(協会メールマガジンからの転載です)
コラム[あなたは何処に行きたいですか?]
私達が一番意識しなければならない自己認識は自分のカルマに気付き、カルマ
を自己コントロール下に置くことである。自分を知ることは難しい。潜在意識
下にある夢や願いや希望を知ることは、本当の自分に出会うまでにしなければ
ならない道程である。
ブッダはカルマを行為であると云った。
「 生きるものは、おのれが行為のたくわえを持ち、
その行為を受け継ぎ、その行為から生まれ、その行為に縛られる。
行為は拠り所である。行為が卑しければ、生きざまが卑しくなり、
行為が立派なら、生きざまも立派になる。
私達は自分がいったい何をしているかに気付き、
本当に行きたい所へいくための正しい行動をとらなければならない。 」
(ウイリアム・ハート著『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門』春秋社)
あなたは何処へ行きたいのですか? 私は何処へ行きたいのだろう?
あなたの次の人生はどんな人生ですか? 私は何処に生まれるのだろう?
自分の歩む道が解っても、実際に歩かなければ、目的地(行きたい所)に辿り着
かない。千里の道も一歩から、知識でなく実践である。目的地を明確に設定し、
辿る道筋を知って実際に歩く者だけが行きたい所に到達できる。
おおぜいの人が目的地を見いだせないで、行きたい所が解らなくて、暗い夜道
を迷っている。『勝利者の瞑想法』で迷える人に目的地とそこまでの道筋(地
図)を示したつもりでいる。プレクシャ・メディテーションは知識ではなく実
践である。実践することによって、迷いが無くなり、自分に自信がもて、行き
たい所へ確実に道を歩いている実感がもてるでしょう。
人類の99%以上の人が暗闇で迷っている。迷っている人が迷っている事さえ
気付いていない。人間ていったいなんだろう?皆さんはそんな疑問が起こりま
せんか?
<著:坂本知忠>
(協会メールマガジンからの転載です)
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