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2013年4月22日月曜日

今年度のプレクシャ・メディテーション研究会のテーマについて


2008年に始まった本研究会は、これまでプレクシャ瞑想を構築したアチャーリ
ヤ・マハープラギャ師の著述の整理からはじまり(第I期(2008/1-2010/7)-
哲学的側面の整理/第II期(2010/9-2012/3)-科学的側面の整理)、昨年度
は「第III期-瞑想とヨガ(2012/4-2013/3))」として、ヨガの歴史を振り返
りながら瞑想、とくにジャイナの瞑想がインド哲学・思想史の中でどのような
位置をもち、内容面で他の哲学派と如何に交錯してきたかを検討しました。こ
の観点はプレクシャ瞑想の、いわば「輪郭」を外側から確認する作業の一つで
すが、プレクシャ瞑想というものを、まず、その大きな母体であるインドのヨ
ガの潮流・伝統・文化との関係において捉え直し、理解を深めることが目的で
した。

今年度は、その「輪郭」を<現代科学との関係>という全く異なる切り口から
探究することを目指して、「第IV期-瞑想と科学」というテーマを設定しまし
た。

具体的な流れとしては、プレクシャ瞑想体系の順序に従って、

1.カヨーウッサグ:リラクセーションの生理学的効用、
2.アンタルヤートラ:神経科学と意識と瞑想効果の関係、
3.シュヴァーサ・プレクシャ:呼吸とプラーナ(氣)と健康の関係、
4.シャリーラ・プレクシャ:身体と心・脳科学・免疫学、
5.チャイタニヤ・ケンドラ・プレクシャ:内分泌系の機能と意識の関係、
6.レーシャ・プレクシャ:色彩の科学と潜在意識の関係、
7.アヌプレクシャ:思考と心・潜在意識の関係、脳科学、細胞学、分子生物学的影響、
8.ムドラ・聖音・言霊と身体生理学、

等々を勉強していきます。また今年度からは、皆様にも興味ある
主題を調べて報告していただけたら有り難く思います。ご自分の勉強の一環と
して、より積極的な参加をお待ちしています。

 (中村正人)

コラム[言葉(言霊)の力]


私たちが思考する時、ある種の電磁気的なエネルギーが中枢神経で発生する。
そのエネルギーが末梢神経に伝わり、筋肉を微妙に動かして言葉となる。言葉
は音の組み合わせで出来ている。音は音波として物質で満たされた地上の空間
(空気)を伝わって他の人の耳に達する。その時、耳が捉えた音の組み合わせ
は聴覚神経から中枢神経に電磁気的なエネルギーとして伝わり、中枢神経は電
磁気的な信号を言葉に解釈している。会話というのは人間相互間の情報のやり
取りだけでなく、実はエネルギーのやり取りでもある。電波は真空中でも伝わ
るが、音波は空気が無いと伝わらない、人間の聴覚能力を越えて捉えることが
出来ない音が超音波である。人間は音波を電波にしたり、電波を音波にする装
置を科学技術によって作り出し、人間の探査領域を拡大させた。

一つ一つの音に良い悪いは無いが、音を組み合わせることで情報を作ることが
できる。情報は目的を持つのでネガティブなものもあればポジテブなものもあ
る。これが言霊、真言、マントラと言われるものである。

アー と言う音声は誕生の音、創造の音と言われる。破壊の音が「オー」であ
り、維持・持続が「ンー」である。神社の狛犬は「アー」音と「ンー」音を表
現している。イスラム教の神は「アラー」という音声で表現される。ラリルレ
ロの音は隣りの音にパワーを与える。つまり「アラー」は「アー」よりも強い
創造である。「アー」の音声は副交感神経を刺激し体温を下げ血液をアルカリ
化させる力をもっている。「オー」の音声は交感神経を刺激し体温をあげ血液
を酸性化させる。両者をバランスさせるのが「ンー」と言う音声である。「ア
オン」は創造と破壊と維持を表し、ヒンドウ教の三主神、ブラフマン、シヴァ、
ヴィシュヌを表徴している。

ジャイナ教の根本マントラはアラハンである。「アー」という音と「ンー」と
いう音に「ラハ」がパワーを与えている。アラハンは解脱した魂、人間の理想
状態を表していて、このマントラを唱えればだんだん私たちはアラハン状態に
近づいてゆく。古神道の研究家・大宮司朗の名著『言霊玄修秘伝』によれば
「ハ」の音声は伸び開く言霊であるという。繰り返し繰り返し唱えられた言葉
は潜在意識に定着し、その言葉が私たちの行動を導くようになる。思いと言葉
は相乗効果となって現実世界に姿を現す。

日常的にマントラを唱えることは潜在意識、カルマを変える方法であり、プレ
クシャ・メディテーションのアヌプレクシャにも通じる。

『ヨハネによる福音書』には、1.初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。
言葉は神であった。2.この方は、初めに神と共におられた。3.全てのものは、
この方によって創られた。創られたものでこの方によらずにできたものは一つ
もない。4.この方に命があった。この命は人の光であった。5.光は闇の中に輝
いている。闇はこれに打ち勝たなかった。とあるが、「この方」の替りに「意
識」という語に置きかえれば意識が創造の源泉であり、意識はエネルギーであ
り、言葉であり、創造の源泉であり、光であり、命であり、神であると解釈で
きる。

古神道では、私達の体を含めてあらゆる物は宇宙のエネルギーと情報が形象に
なったものであるとしている。古神道はヴェーダンタ哲学に似ている。真我は
神そのものであり、神である命は本来無限の自由自在を有している。だから私
達は絶大無量の霊力があり威光を発するのである。 「天地の玄気を受けて、
福寿光無量、福寿光無量、福寿光無量・・・・・・」と三回以上唱える。この
言霊によって私達は霊性を発現し神通自在の境地に至る、と言霊をこのように
説いている。

大乗仏教の経典『般若心経』は最後の部分でこの言葉を唱えるとすべての願望
が叶いますよと説いて
「ガテー ガテー パーラ ・ ガテー パーラ ・ サンガテー ボーディ
 スヴァーハー」
と唱えることを推奨している。般若心経が厄除けの呪文の意味を持っているの
はこのマントラが含まれているからである。

私はクリスタル・ワークの師匠であるデール・ウオーカー師から20年ほど前に
「光の導き」という呪文を伝授された。「内なる神の光を呼び出します。私は
清く完全なる繋がりなり。光が私を導く」を三唱する。「光の導き」はとても
パワフルな呪文であることを私は長年に亘る実践で体感している。

言葉が宇宙法則と一体になったとき、言葉は強い力を発揮する。私たちは日常
生活の中で言葉に注意し、言葉を大事にしなければならない、と思う。言葉の
コントロールは生活とカルマ(業)のコントロールであり、ヨガそのものであ
る。これをマントラ・ヨガという。



<著:坂本知忠>
(協会メールマガジンからの転載です)