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2012年10月25日木曜日

コラム[カルマを無くす瞑想]


生命とは何か、それは「感覚を持っていて意識がそなわっている」と定義でき
る。地球上の生き物はアメーバーのような微細な生き物から植物、動物、人間
まで全て意識があって感覚を持っている。その感覚は快楽と苦痛がある。生き
物は苦痛を厭い快楽を求める。それをヴェーダンタ哲学でヴェーダナーという。
生き物がヴェーダナーに支配されているのでそこにカルマが結びつく。前世の
行為の結果を刈取るために何度も生まれ変わらなければならない。それが、生
き物の輪廻転生である。輪廻転生から解脱するためにはカルマを消滅させるこ
と、あるいは自分は魂だと悟ることが生き物たちに課せられている。それがイ
ンドで起こった宗教、ジャイナ教、仏教、ヒンドゥー教の基本的教理である。
宇宙空間には無限に近い数の形態と進化段階が違う生き物が満ち満ちていると
考えられる。輝く星そのものがより高いレベルの生き物で意識と感覚をもって
いるのかもしれない。

ジャイナ教は命を意識ある魂と見ていて、魂が物質宇宙に接触し活動し反応す
る為の肉体(物質で出来た粗雑な体)を纏ったとき、魂に汚れであるカルマが
付着する。カルマの汚れを取り除けば鏡の塵を払うがごとく、魂本来の輝きが
立ち現れる。ジャイナ教は個別の魂を永遠不変の実体と観た。

仏教は永遠不変の魂はないが、常に変化しながら輪廻転生していく生命という
特殊なものがあると考えた。生命が原因と結果の法則に支配されているから、
このカルマの連鎖を悟りによって断ち切れば、生まれる原因がなくなって涅槃
に入る。その時生命は消えてなくなって後には何も残らない。それが仏教の立
場だ。

ヒンドゥー教、ヴェーダンタ哲学は生き物の中に魂と生命が別々に存在してい
て最深部の魂が生命にパワーを照射している。魂からの照射を受けた生命は自
らが経験と活動の主体として、感覚と意識をもつようになる。生命が自分の本
質は魂だと理解したとき生命は魂と一体になる。この時、生命は幻が消えるが
ごとく消滅して魂だけが残る。残った魂(真我)が宇宙の唯一の神(梵)の一部で
あって同じ物である。梵我一如である。

病気や障害、不幸が現在起こっているとすれば、それは悪いことではない。原
因があって結果が起こるのは真実である。今悪い結果を刈り取っているとすれ
ば、過去の悪いカルマが消滅しているのだ。過去の悪いカルマが消滅すること
はすなわち良いことである。また、現在、良いことが起こっていれば過去の良
いカルマが消費されているのだから良いとは言えない。物事はただ縁起してい
るのだから本質的には善悪を超越しているのだ。今良いことをすれば未来は必
ず良い結果が起こる。

今、最も良いこととは何か、それは一瞬と一つになることだ。観じようとする
心(意識)を皮膚の内側に起こっている内部感覚に向ける。内部感覚に観じよ
うとする心が浸りきると心(汚れた意識・カルマ)がきれいになる。起こって
いる感覚は純粋であるが快・不快を判断すると汚れは取れない。判断を手放し
て純粋に知覚することがプレクシャ・メディテーションである。内部感覚は肉
体のレベルで電磁体のレベルで原因体(カルマ体)のレベルで、魂のレベルで
内側に観じることができる。



<著:坂本知忠>
(協会メールマガジンからの転載です)


2012年9月25日火曜日

コラム[なぜ瞑想したくない、出来ない、解らないのか]


私は少年の頃からずっと今まで登山や海外旅行を通じて、風景や自然の移ろい
の中に地球の美しさ宇宙の偉大さを感じてきた。それに比べてなんと自分はち
っぽけなんだろうと思っていた。30代前半の私は、ヒマラヤや西チベットのラ
ダックを旅して自問自答した。「考えている私っていったい何だろう。感じて
いる私っていったいなんだろう。見ている私っていったい何だろう」「なぜ私
はここにいるのだろうか、どこから来たのか、どこへ行こうとしているのか」
と考えた。考えても何も解らず、ただ自然景観の美しさ崇高さに圧倒されるだ
けだった。

厳しい環境のラダックの荒涼とした風景やラマ教寺院が初めて来た所なのにと
ても懐かしく、私は前世の体験がここへ私を呼び寄せたという気がした。さら
に20歳で肺結核になったことや結婚における出会いの縁、ヒマラヤ、チベット、
インドへと私の興味を突き動かす衝動が必然的なもののような気がして、その
原因を知りたいと強く思った。

ヨガに興味を持ち沖正弘先生の『ヨガによる病気の治し方』を読んでヨガ教室
に通い始めたのは31歳の時で、西船橋の三上光治先生の沖ヨガクラスだった。
そこで8年間、三上先生の薫陶を受けた。三上先生の御縁で沖先生に出会い、
沖ヨガ修道場にも通うようになった。

私はヨガの行法の中でも一番関心があったのが瞑想だった。どこかに瞑想を教
えてくれる人はいないものかと探し求めていたが身近にはいなかった。座禅も
してみたが、形ばかりで私の求めているものとは違っていた。そんな時、成瀬
雅春先生に出会った。1986年ごろ五反田のヨガ教室に2年程通い、合宿や倍音
声明のイベントの数々に参加した。成瀬先生の指導は私の興味を満たすもので、
先生から瞑想の基礎を叩き込まれたと言ってもよい。

1987年、沖先生亡き後、沖ヨガの仲間と共にタチヤ博士同行のジャイナ教研修
ツアーに参加した。この時初めてジャイナ教僧侶の厳しい出家の姿に接し、ジ
ャイナ教哲学を学ぶことやプレクシャ・メディテーションこそ私が求めていた
瞑想だと解った。それから、手探り状態から始めたプレクシャ・メディテーシ
ョンの納得いく理解までに20年以上の探求の年月を必要とした。

一緒にインドへ行った多くの仲間がその後、プレクシャ・メディテーションに
魅せられたかといえばそうでもない。同じような体験をしたはずなのにどうし
て結果や方向性が違ってくるのか?それは人それぞれが内在しているものが違
うからである。カルマ、経験の蓄積、潜在意識が違うので受け止め方、反応が
違ってしまうのである。受け止め方、反応が違うので種、原因のカルマが変わ
ってしまうのである。カルマは自分の身に起こってくることに対しどのように
反応したかで別のものとなる。だから同じ体験をしても人によって受け止め方
が違うので人それぞれ別の結果が現れる。

何に価値を見出すかはまさにその人のカルマそのものである。何時でもその時、
人間は自らなりたい自分になっているのだ。瞑想できない人はまだその人がそ
こに入っていけないカルマを持っているということだ。何事も機が熟さないと
始まらない。機が熟せば自然に起こる。物質的な物、外に向いていた関心が精
神的なもの、内側に方向を変えるとき、自然に瞑想ができるようになる。

人間は生理的に体を動かす事、スポーツやダンスが好きである。じっと身体を
動かさずにいる事は苦痛を感じることなのでやりたくない。常識的なことから
離れ反対の事に価値を見出すようになった時、人は瞑想できるようになる。悪
いものと思っていた身体の病気や痛みが実は最高の教師であり、恩人なのだと
解り始めたとき人は瞑想できるようになる。また、その時、座法が安定し長時
間楽に座れるようになる。

身体の健康を求めてヨガをしている人は沢山いるが、瞑想に興味ある人は極め
て少ない。もっと多くの人に瞑想に興味をもってもらいたいと思うが、パソコ
ンやスマホ、iPadの情報機器とあふれる情報に振り回されて自己を失ってしま
った現代人にとって「瞑想」は遠い国の遠い出来事のように感じられるのかも
しれない。

 たとえ少数派であっても瞑想に興味を持っている、縁ある人と共に瞑想体験
を深めて行くことが今私がやるべき大事なことなのだと思っている。


<著:坂本知忠>
(協会メールマガジンからの転載です)

2012年9月21日金曜日

第39回 定期研究会のご案内

第39回定期研究会を下記のとおり開催いたします。
ふるってご出席下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。

日時:2011年10月1日(月)19:00~21:00
場所:営団地下鉄東西線「南行徳」駅そば(集会室1)

テーマ:ヨーガの思想のその後の変遷と分化①
前回は、坂本先生からご報告をいただきました。宗教を考える際には「神」と
次回は、その後ヨーガの思想がどのように変遷し、現在インド以外の諸国で主
※開催直前に必ず協会ブログページ(http://prekshajapan.blogspot.com/)
【今後の開催予定】
※定期研究会は、原則として、毎月第1月曜日に開催しています。

    ―ハタ・ヨーガとチャクラの体系―

いう概念との関係を整理しないと混乱してしまうためそこをまず整理し、世界
の主な宗教を分類したうえでサーンキャ哲学の内容を噛み砕いて説明していた
だきました。

流となっているハタ・ヨーガが発展したか、その過程でサーンキャ哲学の二元
論(プルシャとプラクリティの関係)はどう変容したか、あるいはチャクラの
考え(クンダリニーの概念)はどこから生じたか等を検討したいと思います。


※開催直前に必ず協会ブログページ(http://prekshajapan.blogspot.com/)
 をご確認ください。連絡事項を掲載する場合があります。
※準備の都合上、出席される方は前日までにご連絡ください
 (savita.nakamura@gmail.com)。ご連絡をいただかないと、資料を受け取
 れないことがあります。
※当日参加費として1000円(非会員の方は1500円)(通信費・会場費・資料
 代等を含む)を頂戴いたします。 

【今後の開催予定】
12月3日(月)19時~21時 場所:「南行徳」駅そば(集会室1)
2月4日(月)19時~21時 場所:同上